統一教会とはなんぞや?
目次
統一教会とは一体、何でしょうか。
あの教団は、私たち日本国民とどういった関係を持っているのでしょうか?
ワシントンポストの記事によると、団体の資金の70%は、時に霊感商法や脅迫を駆使して日本から受け取ったものということです。
また、1998年1月に日本で活動中の統一教会の内部映像が以下です。
※消えていたら教えてください。ローカルに保存してあります。
統一教会の発生
以下で統一教会の歴史をざっくりメモっておきます。
備忘なので雑記的ですが、ご了承願います。
開祖は文鮮明(Mun Seong-myeong)
統一教会設立は1954年。
韓国で設立された宗教団体です。
開祖は文 鮮明(ムン・ソンミョン ぶんせんめい)です。
文の生まれ
文鮮明は現在の北朝鮮にあたる平安北道定州郡で生まれました。
生年月日は1920年2月25日です。
その頃は朝鮮は日本の統治下にありました。
彼が15歳の時、家族全員がプロテスタントの長老派キリスト教徒になります。
16歳で、彼は祈祷中、イエス・キリストに出会い、使命を受けたそうです。
(単にそう主張したということでしょう)
文の若年期
18歳では京城(現在の韓国の都市)で生活していました。
その時、李 龍道(イ・ヨンド)というメソジスト(規則的生活を取るキリスト教徒)の設立したイエス教会という教会に通っており、そこで許孝彬という人物と出会います。
この人物は女性であり、文の思想的影響も与えたと思われます。
また、先ほどの李龍道も、文は思想的ルーツとしているようです。
後に、文はこのイエス教会で「究極の真理を会得した」と主張しているようです。
※一般的に「究極の真理を会得した」など主張するような人間は疑ってかかるのが、理性的態度だと思いますが。
文、日本へ
文は19歳の時、日本に留学しています。
早稲田高等工学校に入学しました。
(ちなみにその高校は1928年に早稲田大学に併設されたもので、1951年に廃校になっています)
文は1939年にその学校に入学し(これは年齢と生年月日から推測)、1943年に帰国しています。
朝鮮へ帰国
朝鮮に帰国後、金百文が建てたイスラエル修道会で補助引導師になります、
(ちなみに、文の著作「原理原本」は、金百文の著作の盗作という証言がこちらにあるようです。)
1945年に、文は自分の思想を系統立て、同年8月に自らの聖書解釈をもとに布教活動を始めます。
1946年には平壌(ソ連占領下)に向かい、キム・ジョンファという信者の家で集会を行います。そこでは、祈祷を行い、昼夜問わず泣いていたので「泣く教会」と呼ばれていたようです。
まずは朝鮮で逮捕
1948年8月にはスパイ容疑で逮捕されます。
1950年に朝鮮戦争が起こり、国連軍が香南(北朝鮮)に進み、囚人を解放し、解放された文は釜山、ソウルへと行きます。
教義の完成
1950年から1955年は釜山の港で働いており、「原理原本」を執筆し、それは1952年に完成します。
そこから、釜山での原理についての説教活動が始まります。
1953年にはソウルに移ります。
統一教会の発足(韓国)
1954年にソウルにて統一教会を立ち上げます。
(正式には世界基督教統一神霊教会 せかいきりすときょうとういつしんれいきょうかい)
韓国にて全国規模に
1957年には韓国全土に伝道師を派遣します。
1961年には、後述にも出てきますが、朴 正煕(パク・チョンヒ)による軍事独裁政権の下で、反共思想を展開し、韓国政府から守られていたとのこと。
日本で活動を広げる統一教会
日本へ密入国
1958年に日本に布教が始まります。
密航してきた西川勝(崔奉春 チェ・ボンチュン)が伝えたと言われています。
1959年10月には、日本で世界基督教統一神霊教会を設立。
1964年に宗教法人の認証を受けます。
このときは、池田勇人(自民党)内閣です。
商況団体として認証を出したのが文科省であれば、その時の大臣は愛知 揆一(あいち きいち)ということになるでしょう。
同年、原理研究会(文鮮明が提唱する”統一原理”を研究する非営利団体)が設立され、全国の大学で布教を開始します。
勝共連合が発足
1968年1月に文鮮明は韓国で政治団体「国際勝共連合」を設立します。
同年4月には日本にも設立します。
そこの初代会長は日本の統一教会会長である久保木修己です。
(名誉会長は笹川良一)
勝共連合の機関誌、関連会社の世界日報社の日刊新聞は
- 国際勝共新聞
- 思想新聞
- 世界思想
- 世界日報(生前の安倍晋三が表紙に何度も登場)
です。
岸信介との関係
自民党の岸信介(安倍晋三の祖父)は統一教会と関わっていたことが明らかになっています。
統一教会が、日本の政界と協力していることは明らかです。
※選挙の話は後日、書き足します。
特に、岸信介が文鮮明と握手した写真は統一教会内部で、統一教会が世界的に認知されているという説明に使われているようです。
今回の惨劇はココに行き着くと思うんだ#安倍晋三 #岸信介 #韓国 #自民党 pic.twitter.com/0HKkwA63e9
— M16A HAYABUSA (@M16A_hayabusa) July 9, 2022
https://pbs.twimg.com/media/FXMdYnRaIAEE8gB?format=jpg&name=large
岸信介は脱税で収監されていた文鮮明の釈放を援助
1984年、安倍晋三の祖父である岸信介は、アメリカで脱税し、刑務所にぶちこまれていた文鮮明を釈放してくれと、アメリカの大統領にまで手紙を出しました。
そのことが米国の機密文書公開にて明らかにされました。
ソースはこちらです。
日本人の元総理が、アメリカの大統領にまで、韓国人の脱税犯(宗教教祖)を釈放してくれと頼むのは、極めて異例のことです。
岸の手紙の中で、文鮮明のことを「誠実な男」で、「希少かつ貴重」とまで褒めちぎっている点にも注目です。
信者がワコム設立
筆記用タブレットなどで有名なワコムは、統一教会の機関誌である「世界日報」に所属していた、統一教会信者による創業でした。
1983年に創業しましたが、現在は手を切っているようです。
ソースはこちらです。
副島襲撃事件
1984年、副島嘉和は「これが『統一教会』の秘部だ―世界日報事件で『追放』された側の告発」という手記を発表。
これが全国の店舗に並ぶ前、副島は帰路で何者かに襲撃されます。
全身を刃物で刺され、瀕死の重傷を負います。
奇跡的に心臓から二センチ外れていたので、一命は取り留めました。
結局、この襲撃事件は殺人未遂事件ではなく、障害事件として捜査されました。
※どう考えても、これはおかしいとおもいます。
1991年6月、この事件は犯人を特定できず、公訴時効になってしまいました。
安倍晋三、襲撃され死去
かねてから教団に祝福メッセージなどを送っていたため、統一教会のシンパとされた元総理大臣安倍晋三は、2022年7月8日、山上徹也により殺害されます。
統一教会の手口
合同結婚式
日本での統一教会の収入源のうち、大きな資金源となっているのが合同結婚式です。
面識の無い男女が「神の祝福」と称して、結婚させられます。
これには費用が一人140万円かかると言われ、二人合わせて280万円の金額が統一教会に流れることになります。
これらは後に、婚姻無効を訴える裁判が多く起こされています。
また、「蕩減棒」という儀式が行われます。
これは夫婦でお尻をたたき合う儀式です。
「打ち合うことで、絶対に再び堕落しないという決意をする」ということが理由らしいです。
統一教会では合同結婚式を経ても、すぐ同居させません。
40日の別居期間が定められており
「神さまを父とし、息子と娘の関係なので、お互いが兄弟姉妹の立場で関係を結ぶ期間とし、性行為を禁じる」
というのが理由らしいです。
※個人的には、人のセックスに口を出す人間にまともな人がいたためしがありません。
統一教会の広範囲さ
アメリカにも広がる
1965年、文鮮明らはアメリカに拠点を移します。
1974年にはマディソン・スクエア・ガーデン、1976年にはヤンキースタジアム、ワシントン記念塔で「アメリカに対する神の希望」について講演しました。
韓国大統領との関係
ニューヨークタイムズの記事によれば、設立には韓国の大統領であった朴 正煕(パク・チョンヒ)の指示があったとのこと。
また、パクと軍事クーデターを率いて韓国政権をパクに与えた金鍾泌(キム・ジョンピル)も設立に関わっていたとのことです。
この記事は、アメリカ合衆国下院調査小委員会の報告書がソースとなっています。
1965年までに統一教会が韓国中に支部を持っていたことも記事には記載されています。
1963年2月26日付の米国中央情報局(CIA)の報告書によると
農村の有力者、学生など、当時から27,000人もの信徒を持っていたということです。
※まぁ、その報告書の内容自体の真偽もちょっと分かりかねますが。