右翼も左翼もネットの力を過信しすぎている

昨今ではTwitterデモなど盛んであり、インターネットのサービスが開始してから最も「政治とネット」の力が重要視されているような風潮がある。
左翼陣営はネットデモを頻繁に行っているし、右翼陣営も負けじと参戦している様子がうかがえる。
しかしながら、そのようなネットでの政治活動に全く意味が無いとは言わないが、その殆どは実際の政治のパワーバランスの変更にはさほど影響が無いというのが事実だろう。

この意見について
「いや、Twitterデモで検察庁法改正が止まったよ!」
という反論があってもいい。
確かにこの記事などでは、Twitterデモの効果を謳っている。
実際に検察庁法も止まった。
しかし、本当にネットの力だけでそれは抑止されたのだろうか?

検察庁法改正のときはリアルデモが半端じゃなかった

あの頃を思い出してみよう。2020年5月の頃だ。
時の政権であった安倍政権は、検察庁法を改正し内閣の判断で検事長の進退を決定できるようにしようとしていた。
その改正発議前には、黒川検事長がすでに定年になっているのに辞職せず、なぜか検事長のポストに無職のおじさんが座っているという、法治国家の根幹を徹底的に破壊する蛮行を、あろうことか閣議決定でごり押したため、当時の日本人は安倍内閣による違法状態の元で生活していた
そして、既成事実をごり押しするかのような改正案に、日本国民は怒った。
Twitterでも#検察庁法改正案に反対します というようなタグが拡散され、数十万の投稿がタイムラインを埋め尽くした。
そして法案は見送りとなった。
しかし、本当にTwitterデモだけでそれは止まったのだろうか?
それは否だと考える。
ネットのデモだけではなく、生身のデモの存在が大きいのである。
例えば、この記録が残っている。
国会前には生身の人間が多数集まり、昼夜問わず、声なきデモを行っていたのである。
そして、国会審議中の中継も、国会の外からデモ参加者による反対の声が大きく聞こえていた。
つまりその反対の声は、テレビが拾うデカさの声量だったのである。
政権側としては、多くの生身の人間が空間を占め、生の反対の声がとどろく環境というのはとんでもない圧力なのである。
コンサートなど、大会場で一斉に大勢の声が上がる場面などを体験したことは無いだろうか?
もはや畏怖のレベルであり、寒気さえすることがある。
Twitterデモであればスマホをスリープ状態にするなり、もしくはミュートワードなどを設定して「見なければ済む」存在なのであるが、そのような「見ない、聞かない」防衛が不可能であるリアルな圧力のかけ方というのは、古典的であり、クラシックな抗議方法なのである。
むしろ、古典的であり、クラシックだからこそ、政権に効くのである
それらは政権担当者の五感に訴えかける戦法だからである。
五感を人間が捨て去ることは、SFの世界が今すぐにでも到来しない限りあり得ない。
よって、人間が古来から依存している五感に訴えかけるリアルな力の結集を、政権は無視することはできないのである。
また、リアルな生身の集団というのはいつでも暴動を起こしかねないというのも、圧力になるだろう。
暴動を起こされ傷を負わされた政権というのは、威信に傷がつき、それは内部崩壊の引き金になりえるのである。よって政権は暴動に繋がるリアルデモを恐れざるを得ない。
そもそも、現状を変更するために何より必要なのは、政権に危機感を与えることなのである。確かな危機感が無いと、行動は変わらない。
そのような、政権が心底恐怖を覚えるような圧力が、ネットの政治運動には欠けているのである。
悪く言えば、ネットだけでは、優しすぎるくらいなのである。

ネットと選挙

少し話題が逸れるが、ネットと選挙についても同じようなことが言える。
ネットだけ頑張っても、選挙の結果はさほど変わらないのである。
以下は2021年の衆院選の世代間の投票数である。

投票格差 世代間

まず、10代から40代までの総人口が上記より約4600万人だとしよう。
仮に、ここの世代がもし「政治が危ない」と認識し、投票率がぐーんと上がり70%になったとする
その場合、約3220万票が10代から40代までの有効票となる。

次に、50代から70代までの現在の投票数の総和を出してみよう。
すると約3667万票である

実際に若い世代の投票率が70%超えるということは、ほぼあり得ない。
そのあり得ない前提で戦ったとしても、若い世代と中年以上世代には人口数で圧倒的な差があるのである。

まず、この人口バランスが選挙の前提データとなる。
年齢が高い層の票数は圧倒的であるとみて良いだろう。
議員は選挙の際、高年齢層を取れば勝てるのである。
ではその高年齢層は普段、どのような情報ソースを得て生活しているのだろうか?

情報拡散の根幹はまだテレビである

以下は総務省が出している情報である。
日本の選挙の投票数の割合を大きく占める高齢寄りの層は、情報をどこから得ているのか?

「テレビは終わった。これからはネットの時代だ」と言われて久しいが、その言葉とは裏腹に現状は50代から60代のテレビ視聴の高さはその他の年代を圧倒している。70代のデータは無いが、ほぼ想像がつくだろう。

やはりまだテレビは多くの人に観られているのだ。
高度経済成長の時代に人々の生活と共にあった、安心安全のテレビブランドと言っても良いだろう。
高齢層が所属する職場や婦人会、地域コミュニティでの会話のネタとして、ネットのソースとテレビのソースではどちらが多いか想像してみるといいかもしれない。

そして、高年齢層の視聴は、テレビと反比例するようにネットは少ない。

圧倒的人口パワーを持ち、選挙の核となっている高年齢層は、大多数がネットよりテレビを情報源としていると見て良いだろう。
それが事実なら、選挙の投票行動を変化させるには、どちらを変えた方が有益だろうかと言う話だ。

じゃぁテレビを変えるにはどうすればいい?

「高年齢層の選挙に大きく影響するのはネットじゃなくテレビね。それは分かった。でもさ、テレビ局が自分の判断で放送内容は決定するのだから、こちら側から何も変えられないじゃないか」
と言う声もあるかもしれない。
確かに、番組内容の最終決定の責任はテレビ局である。
しかし、その最終決定の際に参照される変数となるのは、スポンサーである。
そして、スポンサーが参照するのは、消費者の行動である。
それは消費者が実際にスポンサーの提供するモノやサービスを消費するかどうか、そして消費に繋がるスポンサーブランドへの評価をどう捉えているかが肝となる。
もし、スポンサーが提供している番組の評判が極端に悪い場合、スポンサーへの信頼の失墜、そして利益減退が待っているのである。

そのような訳で、テレビの変化のために行動するのに有力な方法は、スポンサーへの抗議である。
例えば、昼のワイドショー(これも主婦層や高齢層が多く見ており、彼らが情報ソースとして参照している)で、ジャーナリズムにあるまじき政権寄りな報道をしていた場合に、その番組の提供であるスポンサー企業へ電話抗議するのである。

「あのような××な番組に提供している会社の商品は買わない。他の人にもそう勧める」

これだけでいいのである。
または、手紙やFAX、メールでの抗議でもいい。
何にせよ、意思表示を行うのである。

住所や電話番号は、「会社名 電話番号」「会社名 連絡先」「会社名 ご意見 連絡先」とでもスマホで検索すれば出てくるだろう。分からなければ知っている人に尋ねると良いだろう。

よって、もしネットで政治を変えたいのであれば、その騒ぐべき内容は、テレビ番組スポンサーへの不買、抗議運動なのである。
ネット運動がスポンサーへの圧力となり、それがテレビを変えたを以下に記す。
以前、ひるおび!というTBSのワイドショーで八代という人物が悪質な政治的デマを流した際、ネットではそれに反発してキューピー不買運動やクレームが発生したのである。いくら天下のキューピーといえども、消費者にとってはスーパーマーケットでいくらでもキューピー以外の選択肢があるため、不買運動には敏感とならざるを得ないのである。そして、スポンサーの意向に最も敏感なのは、企業から金を貰っているテレビ番組側なのは言うまでも無い。
そして不買運動の発生直後、八代は番組内で発言内容の訂正と謝罪を行ったのである。
やはり不買運動のスピード感、そして安定感はテレビを変えるためには最も有効な武器となる。
良識ある市民はこの言論の武器を有効活用し、選挙結果を変えるために高齢層の情報源の大きな領域(テレビ)を変えなければいけないことを肝に免じるべきである。
そのためには、気軽に企業に抗議するムードが必要であり、そのムードこそがデマや政府擁護の少ないマシな世の中を作るのである。

 

※ここまでの記事は、政府を擁護するジャーナリズムはただの政府広報なので存在価値がないということが前提である。
※逆にテレビが良い報道をしていたら、テレビ局のお問い合わせページから「~の報道は良かったです。応援しています。」とでも送ると良いだろう。視聴者の声は確実に集計している部署があるので、テレビ局の内部に好影響を与えうる。

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